2号改
この位置じゃ人のかたちが見えなくてむかむかするから独りでいるんだ (尾渡)
これはお題「ひとり」2号 の改造。主張は同じだと思います、たぶん。
書いていて思い出した、学校の授業でベテランの先生に教わったことをひとつ。俳句は
世の中は三日見ぬ間の桜かなよりも
世の中は三日見ぬ間に桜かなのほうが良い句らしいです。
文字列として考えれば「三日見ぬ間」の後に来る文字が「の」か「に」かの違いなんですが、それぞれ意訳すると、前者は「世の中は三日見ない間の桜のようなものだ」となり、後者は「世の中は三日見ないうちに桜のことで大騒ぎしている」となります。どちらも世の中の移り変わりの激しさを詠んだものということになるそうですが、「三日見ぬ間に〜」が描写的であるのに対し、「三日見ぬ間の〜」は説明的になってしまっているので駄目だそうな。
となると上の「この位置」の短歌(らしきもの)はどうなんでしょう。俳句でも短歌でも上のたとえは通用するんじゃないかと思いますが、出来の悪い生徒でごめんなさい先生、応用できませんでした。
さて、自分の書いたものについて考えていると頭が痛くなってくるので、今度の土日は、少し前に数ページ読んで投げたっきりの「世界の中心で、愛を叫ぶ」を読んでシクシクすることにします。俺か、俺の胃か、どっちかが。
自分、人が死ぬ話はけっこう泣きます。それなら恋人が死ぬ話は泣けるんじゃないかと思いきや、恋愛主体の話だと妙に萎えてしまう。(こういうのは恋愛経験がないヤツお断りなんだろうか?片思いすらした憶えが)
そんなわけだから、自分の脳内物質からどういう反応が出るか、ちょいと楽しみです。
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2004/08/26 見えないところで記事修正
主人公を殴り飛ばしたい衝動に駆られただけでした>世界の中心
思えば、「世界の〜」の主張の仕方は「世の中は三日見ぬ間の桜かな」のほうに近いですね。だから好きになれないのか。
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